大和魂
 
卯月/April2008
和魂とはどのようなものなのでしょうか。
「日本魂」という銘柄の日本酒がありましたが、確かに「やまとだましい」とは読めますし、説明不要のひとつの答えにはなるのですが・・・。

冗談はともかく、改めて『大和魂』とはなんぞやと問われますと、誰もが答えに窮するかも知れませんね。もっとも、そんな古いものは遠の昔に捨てたものだ、と簡単に答えて、ふんぞり返っている人もいるでしょうが、日本という国がある以上『大和魂』もあるのは間違いないでしょう。

「巨人は永遠です」と言って引退した長島さんの物真似をすれば、「大和魂は永遠です」とは、間違いなく言えるでしょう。このグローバル化時代において、国の形態がなくなることも考えられなくもありませんし、アメリカの一州になろうなどという冷め切った人々もいるのでしょうが、その可能性はほとんど無いでしょう。

それから、『大和魂』は武士の言葉であり、つまりは男言葉に過ぎない、と言われる人もいるのでしょうが、私はそうは思いません。だいたい『大和撫子』という言い方がおかしいのです。実際的にはどうでしょう。『大和魂』と言えば、勇ましく、活発で、正しいというような言葉になるでしょうし、『大和撫子』と言えば、おとなしく従順で、控えめでというようになってはいませんでしょうか。これは明らかな差別の解釈ですね。

『大和魂』と言うのは、やはり心の問題なのです。ですから、突き詰めれば、一人一人の『大和魂』があってよいのですね。とはいえ、お前の大和魂は何だ、と問われることに答えなければならないでしょうが。

そもそも、『大和魂』という言葉は、江戸時代にしきりに使われたのですが、特に維新時には、異人さんが雲霞のごとく押し寄せてきましたから、それに対抗して『大和魂』で何とかしなければ、異人さんに踏みにじられてしまうと、さまざまな考えが交錯していたのですね。しかし、日本を何とかしようという心は、ほとんどの人が同じだったのです。これが『大和魂』なのでしょう。

とはいえ『大和魂』に集まる根拠が必要になるのですが、日本には優れた書物が残されていたのです。それが、皇室のことを記した『日本書紀』『古事記』だったのですね。万世一系を基本にした天皇制を日本のよりどころとして、勤皇の精神を導き出し、それが『大和魂』であったということなのですね。

しかし、これはある意味では、武家社会・徳川幕府を倒すための方便にもなったのです。ですから、天皇専制的な維新後の社会が徳川幕府に取って代わり、挙句の果てに無様な敗戦という結果になってしまったのですが、これでは『大和魂』が泣いてしまいそうですね。

それでは『大和魂』とは何なのでしょう。
それは、日本に誇りを持ち、日本を誇り高い国にすることではないでしょうか。偉そうなことを言うようですが、つまりは真剣に生きようということですね。生きていればそれで良いということでもないと思うのですが、『なぜ、生きているのだろう』と自問すれば、おのずと、それほどの違った答えは、生じないはずなのです。職人の真摯な態度はもっとも『大和魂』に近いものでしょう。