競輪
 
如月/February2008
打というのは、あまり上品な趣味とは言えないでしょうが、私は時間つぶしの娯楽としては最高の趣味だと思っております。なにしろ、金をかけるのですから、真剣になれますし、現在ではインターネット中継されていますので、その手軽さは言うまでも無いのですね。

博打がそんなに続けられるか。金がそんなに続くはずが無い。犯罪の影に博打あり、というのは定説であり、博打は悪いこととして特に女性には嫌われていましたし、賭博禁止の政策もあったのですが、どのような趣味娯楽でも、金(興味)に溺れてしまえば身の破滅となるのは当然のことなのですね。しかし、多くの人々はそれなりに自己を制御して、博打を楽しんで見えるようですね。

私はいつでも書いていますように、人間にはいつでも息抜きが必要であり、それが仕事の活力になっている。このことは多くの人々が多かれ少なかれ認めることでしょう。ただ、息抜きばかりに力が入りすぎて、仕事をおろそかにしたり、あるいは、仕事を放棄する人もいるのでしょうが、これはいずれの場合にもあるピンからキリという事でしょうね。

趣味はともかく、私は競輪を主にやっていますから、ここでは競輪のことを考えて見たいのです。先日も小倉の競輪際をインターネットとテレビで見ていたのですが、一番印象に残ったのが、加倉という競輪選手が、小倉も危ない、どうかよろしくお願いしますと叫んでいたことでした。これは競輪賭博をする人が少ないということなのですよね。

競輪の迫力、面白さを認めている私にはとても気になる言葉でした。実際オリンピックでも認められているのですからね。先日も龍鵬という両横綱が、迫力ある試合を久しぶりに土俵上で繰り広げていたのですが、競輪界でも、小島、山崎という強い選手を中心に、壮絶な試合を繰り広げているのです。

私が勝った負けたといっているより、試合そのものが大変に面白いのです。実際私は負けたのですが、龍鵬戦と同じくらい興奮してみていたのですね。つまり、競輪というのは、スポーツそのものが持つ見物する面白さと、自らが勝った負けたと喜び悲しむ楽しさを兼ね備えているということなのです。

私は、この決勝戦は負けたのですが、それなりに外の試合で帳尻を合わせていますから、まあまあであったのです。ただし娯楽ですから、負けは当然ですよ。ただ、経験者はそれなりに資金は補填できて、競輪を続けられるのですが、負けてばかりでは賭博そのものが続かないでしょうね。それでも賭博は面白いですから、賭博を続けようとすれば、犯罪を犯すか家庭崩壊を覚悟の上で続けねばならないでしょう。

賭博というのはいろいろあるわけですから、単純なパチンコなど。さいころ賭博や、ルーレットなどの賭博場も許可すべきだとは思うのですが(インターネット賭博は禁止すべきです)、競輪賭博もぜひとも隆盛にしてほしいことですね。

確かに、競輪場には若い人は少ないのです。いろいろな娯楽がありますから、当然といえば当然なのですが、やはり若い人々にも興味を持たせるような仕組みに変えていかなければならないのではないでしょうか。競輪関係者でもない私が、とやかく言っても無駄声だとは思うのですが・・・。

1、競輪開催場を都道府県にひとつと、はっきりと定めるべきです。ただし、場外車券場は増やす必要がありますね。
2、競争距離の一周を350メートル以下に短縮すること。
3、競走選手は7人とする。
4、賭け方も、枠などという奇妙なものはなくなるのですが、ワイドがあるから問題はないはずです。それに、一番から七番まで当てるという宝くじ的な車券を発行してはどうでしょうか。掛け金が安くて済みますし、成立しない場合は繰越(その競輪場において)を使えば、大変な額の配当が出るはずですよ。

以上です。理由をごたごた述べる余裕はありませんが、競輪関係者の皆様よろしくお願い申し奉りまする。