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御存知のように、井伊直弼は大老になり、開国を推し進め、安政の大獄で幾多の有能な人を処刑して、幕府の崩壊を早めた人ではあるのですね。開国に関しては、誰が考えても大欧米と対決することなどありえないことですから、決して間違ったことではありません。ただ、攘夷が激しくなったのは、幕府に対する反発と、国内経済の悪化、朝廷を主体とする勤皇思想があるのですが、開国をしたからいけないというようなことではなかったのですね。 むしろ、多くの識者は開国をして、欧米のよいところを取り入れ、未来には欧米をしのぐような国にしようとしていたのですから、開国そのものをいかなる形であれ推し進めた井伊直弼を、悪く言う人は少ないはずです。実際、アメリカに使節団を(勝海舟、小栗忠順は有名ですね )派遣したのは井伊直弼ですし、未来についても、正確に描いていたの は井伊直弼だといわれています。 それなのに、彼は『それをやっちゃおしまいよ』ということをしてしまったのが、安政の大獄ですね。人を殺すというのは、特に政治犯を処刑するというのは、同志を奮い立たせるだけですから、やぶへびになることが多いのですが、おそらく、水戸の斉昭との確執から、強引過ぎるほどの手段を用いたのでしょう。その反動から、京都は大荒れになってしまい、坂道を転げるように、幕府は崩壊してしまったのですが・・・。 彼はとても博識の人であったといわれていますね。しかし、胆力が無かったといわれています。胆力というのはどういうことなのかと言いますと、相手を包容するだけの余裕が無かったということにもなりましょうか。武市半平太もそうなのですが、重役の吉田東洋を暗殺をして、新しい時代を築こうというような発想は、いずれは自分の首を絞めてしまうのです。 話のついでですが、226 事件とか、515事件というのは、結局、日本の首を絞めてしまいましたね。三島由紀夫ではありませんが、いまだに靖国の亡霊を引きずり、憲法の真意を理解せず、死の恐れに戸惑っているのは、やはり、太平洋戦争の悪ではないでしょうか。お国のために戦った人がほとんどのために、それの悪を言い切れないのですね。 はっきり申しますが、日本は負けたのです。しかも無条件降伏をしなければならないほどにやっつけられたのです。そのような張本人を神様として祭っているのは、どういうことなのかということなのですね。勝ち負けにかかわらず、兵士に感謝をささげるのはどこの国でも同じことです。しかし、兵士を神様にしてしまっては、戦争を反省できるはずが無いのですね。日本神社に祀られている神様(神社に祀られている人々)は、事実がどうあれ、何らかの褒め称えられることをした人を、祭っているはずなのです。
熱くなってしまいましたが、井伊直弼にしても、武市半平太にしても、226・515の事件の首謀者たちは、『それをやっちゃおしまいよ』ということをしているのですね。(太平洋戦争については、いずれ調べねばならぬとは思っているのですが、いまだに正しい認識が無いと直感しております。)そのために、井伊直弼は襲われて落命し、武市半平太は切腹させられているのですね。幕末には暗殺がはやったのですが、それを命令した上司はわずかですね。その典型が二人ということなのです。とはいえ、井伊直弼は開国の恩人、武市半平太は勤皇の先立ちというように、歴史からは消せないような轍を刻んでおりますから、決して彼らは世間の言う悪者ではないのでしょう。ただ、二人ともに気にかかるのが、大変にまじめで、何でもよくできたということなのですね。戦争にいたしましても、敗戦による民主主義の発足、農地解放というように、天皇専制下では不可能なことが実行されていますから、なかなか悪者という評価ができません。ですから、戦前のままに靖国の心を維持したのでしょうが、お国のために死ぬことを絶対正義としたのは正しいのでしょうか・・・・・。やはり間違っていたのです。『靖国で会おう』などという、安直な武士道を振りかざしたのが間違いだったのですね。しかも、完璧な敗戦ですから、日本の正義を見失ってしまい、アメリカの尻の匂いを嗅ぎながらの成長ですから、アメリカナイズしてしまうのは当然であり、それに対する疑問も無いまま、いまだにアメリカの尻を追っております。しかし、自然だけを考えても、アメリカと日本では根本的に違いますね。 |