自民党総裁がどうして総理大臣?
 
神無月/October2007
「お 前は議会制民主主義を知らないのか!」 と、笑うだけの人もいるかもしれませんが、戦後政治を検証しておりまして、常に気かかるのがこのことなのです。つまり、政党政治に凝り固まってしまっているということなのですね。

議員の数だけが絶対的だとするような議会制民主主義では、保守官僚的な要素が絶対的に優位となるはずなのです。なぜなら、多くの会社や個人は政治政策的なものによって生活している、世話になっているという面が強いですから、当然、政権政党に頼るということなのですね。これが基本的な戦後の日本の政党政治であったのです。

だから、議会制民主主義がいけないということでありませんね。何よりも大切なことはいかにして政治家を選ぶのかということです。基本的に地盤看板そろばんというような選挙でよいのでしょうか、ということなのです。自民党のエライサンを見て感ずることは、なんと二世三世が多いことか、ということですね。江戸時代ではありませんから、守るための選挙であってはならないはずです。常に革新前進が必要であるからなのですね。

しかし、現実の選挙制度では、政治家と選挙民とのもたれあいが可能であるのですね。ですから、政治家は常に選挙運動をしていなければなりませんし、常に組織に依存していなければやってはいけないということになるのです。これでは、自らの意見を構築する暇もありませんし、また、それだけの能力が無くてもやってゆけるということでもありましょう。

少し明治維新を調べているのですが、維新の中心になった人々は、自分の命がどうのこうのなどとはほとんど気にもかけていないのですね(実際殺されてもいますし、なんども襲われた人もいるようです) 。彼らは、日本がどうなるのか、どうすれば外国とうまくやってゆけるのか、どうするなら外国に侵略されなくてすむのか、というような日本のことを真剣に考え、勇気を持って現実に立ち向かっているのですね。

今回の自民党の総裁選挙(9/26)にしても、大きなわだかまりがありますね。だれかれがどうのこうのという前に、制度そのものに問題がありはしないでしょうか。行政府の自立性からしても、立法府とは一線を画する必要がありますし、国民が直接に首相選びに関与する方法もあるのではないでしょうか。たんに党の総裁が首相であるという事に、わだかまりの原因もあると思うのです。

現実において、未来への危機感はいやがうえにも増しております。エネルギーのこと、環境、人口問題と、容易なことでは切り抜けられないでしょう。革命は必要ないとしても、常なる革新こそ必要なことでありましょう。そのためにも安定した政府、権威を備えた政府、民意を反映し、あるいは説得して・・・・・・・というように考えてゆきますと、とても派閥などがのさばれるような状況ではありえないのです。

基本的には、議員一人一人がしっかりしてもらわなくては困るということなのですが、それはある意味では選挙制度の問題でもありましょうね。