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実際、公民権の獲得に対して、さまざまな闘争が行われてきました。正しく血みどろの戦いだったのです。例えば、アメリカの南北戦争は、明らかに黒人の解放ですし、日本の太平洋戦争にしても、女性の解放というようにも取れるのですね。
そのように考えてみますと、選挙権はやたらおろそかにはできないはずなのです。みんなで選挙しなければ、誰が政治をするのでしょう。つまり、その中心が家系だったのです。家老の家系が家老、殿様の家系も殿様、農民は何時まで経っても農民ですし、それが士農工商ということですね。ところが、明治維新の立役者はほとんどが下級武士だったのです。これは大変なことですね。武家社会が崩壊したのも、彼らが権威を突きくづしたからなのでしょう。しかし、それでも一挙に彼らは民主主義を実践することはできませんでした。 もちろん、戦前にも議会はありましたから、選挙もしたのですが、選挙権があったのは税金をたくさん納めている人だけでしたし、後には成人男子に選挙権は与えられたとは言うものの、女性には公民権はありませんでしたね。 敗戦後において、ようやくアメリカ主導の完全民主主義が実施され、すべての人々に選挙権は与えられたのですが、ここで問題があります。というより、今でも続いているのですが、政治家には強い利権があり、官僚をハザマにしての汚れた政治が続いてしまったのです。 多くの人々というのは弱いもので、やれ冠婚葬祭だの、忘年会、新年宴会、結婚、就職などという個人的な問題に政治家が関与して、投票を得るようになってしまったのですね。戦前は金を配っていたというほどですから、戦前ほどではないとしても、議会そのものが政争の場と言うより、政争の具にされてしまったということなのでしょう。 当然、一党独裁的、保守的、せつな的な政治しかできないということですね。政治家が土下座をしてまでも一票をえるという権威不毛の状態においてはいたしかたないでしょう。 これは、選挙制度や、政党制度、議会制度に問題があるということは明確なのですが、ほとんどの政治家はそれを口にしません。なにしろ、当選しなければならないのだから、未来的な理想を振り回している暇は無い。ただの人はいやだ。 ですから、当選ロボットにならざるをえないと・・・・。 偉そうなことを言うようですが、競輪賭博にしても、過去の成績をよく見て、現実の状態を把握して、未来の結果を追求するということなのです。もちろん、賭博ですから、トントンでも大成功なのですが、これはいかなることでも同じでしょう。 今の政治家には、過去も未来も欠け過ぎていますね。これは政治家だけではないのでしょうが、現実さえよければよいというのは、利己的過ぎてはいないでしょうか。 |