みんな悪者?
 
水無月/June2007
『コ ンフィデンス』という映画をテレビで見ましたが・・・・ダスティン・ホフマンの主演でしたので楽しみにしていたのですが・・・・。

コンフェデンスというのは、辞書によれば、信用、信頼、、確信ということのようですが、何かこの言葉にぴったりとする感じは、この映画にはありませんでしたね。英語というのは語源が違いますから、よく馴染めないところはあるのですから、英語のままのタイトルにしておいたほうが営業的には無難ということなのでしょうか。

ゴールデンタイム近くにに放映されていましたから、ごらんになった人は多いとも思いますが(ちなみにわたくしは録画ですね。コマーシャルを見ているだけの時間がもったいないですから・・・これって、民放の成立条件を無視していることなのですが、そもそも放送が無料であることのほうがおかしいですよ)・・・・・。

内容を説明せよといわれましても、悪人による悪人のための悪人の映画、とでも言いたくなるようなことなのですね。悪人が悪人をだまし、悪人を利用して、悪人を殺し、悪人の刑事の助けを得て、悪人たちが金を儲けるという内容なのですかね。

もちろん映画ですから、面白ければそれでよいということもあるのですが、昔から日本には勧善懲悪ということが言われておりますね。聖徳太子の十七条憲法にも、そのようなことが書いてありますし、大長寿番組や、時代劇にしても、善というのはこつこつ仕事をすることであり、博打に溺れるとか、金貸し、賄賂というように、悪人というのは金儲けと常につながっているというのが、基本でもあるのです。

ところが、アメリカはどうでしょう。正しくマネタリズムなのです。この金儲け第一主義というのは、非常な経済発展をもたらせたのは事実ですが、果たしてそれでよかったのか。アメリカ人のぶくぶく太っている人を見るたびに、この浪費こそ地球を破滅するのではないかと心配になります。また、株にしても、一時の馬鹿げた株高は無いとしても、おそらく、株で儲けている人と、損をしている人がはっきりしているのではないかと思いたくなるような、株価の上下なのですね。工場移転による、企業の利益第一主義は、労働者の格差の上に成り立っていますし、エネルギーの浪費をいやがうえにも促進させているのです。

このような状況下において、『コンフェデンス』という映画が成り立っているとすれば、これは大問題ではないでしょうか。アメリカでも日本でもそうなのですが、最近、奇妙な事件が相次いでいますね。一般的には自分さえよければよいというのが自由の正義ですから、この映画は歓悪懲善になってしまうのですね。

勧善懲悪なんて古臭いと言ってしまえばそれだけのことなのですが、昔から、泥棒の映画はたくさんありましたが、最後に殺されたり、大失敗とか、それなりの勧善懲悪にはなっていたはずなのです。一般的な人々はそれほど強いわけではありませんし、とりもなおさず経験の浅い若者たちが、影響を受けやすいのは目に見えています。

楽をしたい楽しみたいという気持ちは誰にでもあるものですが、マネタリズム的な金儲け第一主義が、行過ぎた破壊行動を積み重ねているのは明確ですから、単なる映画とはいえ、あらゆる面で自戒する必要があると思いますね。