バブルの残影
 
皐月/May2007
山高原というのをご存知でしょうか。 もちろん私の住んでいる三重県にあるのですから、ご存知で無い人のほうが多いのでしょうが、とにかく600メートル級の高原ですから、日本特有の渓谷が何本もあり、さまざまな開発が行われているのです。

メナード青山とか、バラード青山、風力発電、四季の郷、榊原温泉、猪倉温泉というように、別荘地開発や、遊楽地が点在しているのです。 温泉のような私営の場所はともかく、ほとんどが山頂近くにあるのですから、その開発には大変な費用がかかったはずです。

わたくしのぼろオートバイがふうふう言いながら登ったようなところにあるのですから、どうしてこのようなヤマメでも釣れそうな場所が開発されたのか、不思議ですね。よほど金が余っていたか、公共事業の名の下に開発費用が費やされたのでしょうが、現実にそれほどのお客がいるとは見えないのですね。

つい最近でも夕張でしたか、破産した自治体が出たように、多くの公共事業の名の下に、国債発行をし続けたのか・・・・だとすれば、莫大な国債は大問題でしょう。もちろん、バブル期における過剰投資もあるようですから、一概に国債の問題とはいえないのですが、銀行も莫大な国債発行によって助けられているとすれば、ほとんどが国債の問題になってしまうのです。

つまり、日本の公共事業が杜撰であったと言われ続けているのですが、そのことなのでしょう。その時さえよければよいというような、開発事業者のための事業であったのですから、その付けがすべて国債に転化されてしまったとしても不思議なことではないのです。経済至上主義のなせる技ですよね。

例えば、私の訪れる目的であったバラード青山という別荘地なのですが、何を考えているのか、打ちっぱなしのゴルフ場とか、テニスコート、プールや児童公園とかには力を入れているのに、肝心の別荘地が細分化されすぎているのですね(バラード青山が、誰によって運営されているのか私にはよくわかりませんが・・・)。誰でも別荘をという考えなのでしょうが、別荘というのは創作労働者(個人)の仕事場、元気な老人の引退場所とか、金持ちの週末、あるいは貸し別荘というような考え方もあるでしょうが、いずれも大きな場所でゆっくりと過ごしたい、というのが別荘でしょう。集団から離れて、という思いが別荘にはあるはずなのです。

しかし、ただ単に別荘地を売ろうということなら、土地そのものは小さければ安いはずですから、土地の形状はどうであれ細分化してしまえば、売れることは売れるでしょう。実際、ほとんどの土地には家が建っていないのですね。これではせっかくの開発がもったいないですよ。誰でも居つけるような環境を整えずに、人が住めるでしょうか。

無駄が多いと言ってしまえばそれだけのことなのですが、公共事業が利益を目的とはしないとしても、無駄なものであっては(再生できるものもあると思いますよ)、国民はたまりませんね。