アメリカの基地問題
 
文月/ July2006
HKが基地の問題を大胆に取り上げていたのには驚きましたが・・・。さまざまな意見を聞きながら、私自身は眠ってしまったのですが、それほど興味なかったのかというと、あまりの問題の大きさに、人々の叫び声がむなしく思えてしまったからでしょう。

といいますのは、これはまさしくアメリカの戦略の問題であるからなのです。アメリカは言うまでもなく、世界唯一の大軍事国家であり、それを基点としてドル紙幣の基軸通貨としての市場価値を保ち、同時に大消費国大経済国家としての存在を誇示するのが、アメリカの戦略でもあるのでしょうね。

イラク戦争にしても、テロ国家の撲滅を旗印とはしているものの、日本のようにはうまく犬にはなってくれないのでしょう。日本の場合はことはどうであったとしても、自ら世界と戦うという姿勢があったために、敗戦による無条件降伏を受け入れざるを得ず、ほとんどアメリカの思い通りになったのでしょうし、日本には仕事に対する思いが歴史的にも深く、アメリカは日本とタッグを組むごとく、世界戦略を展開することが容易であったはずですね。

ですから、イラク戦争にしても、その経済的効果(莫大な戦費が経済効果を生む)を十分に計算していたような節がありますね。現実に中国の経済成長とともに経済は順調そのものでした。もっとも、日本がいちばん得をする立場にはあったようです。

これらの戦争(アジア中東との)の中心基地になったのが沖縄なのです。もともと沖縄はアメリカの占領地であったのですから、驚くほどの基地があるのはもっともなことなのですが、日本に返還された現在においては多くの人々が疑問に思うのは無理もないことでしょうね。

しかし、日本はほとんどアメリカの言いなりなのですね。中国や韓国に靖国のことをごたごた言われても、平気な顔をしているのですが、アメリカの要求には憲法もそっちのけでご機嫌を取っております。これはもちろん敗戦の結果(中国や韓国に負けたという実感は薄いのですね。ものすごい迷惑をかけているのですから、中国や韓国に対する無条件降伏でもあるはずです)でもあるのです。ドイツで開催されているサッカーなどを見ていても、サンヨーとかトヨタキャノンというような日本企業の広告が目白押しなのですが、政治のふがいなさとは大違いなのです。

これは政治の問題、つまり政治家の問題なのではないでしょうか。日本には昔から(聖徳太子の時代から)自立心は旺盛でした。江戸時代の鎖国というような自給自足の精神は大げさすぎるとしても、他人に寄りかかるような精神はなかったはずなのです。

これは敗戦という事実を座視するわけには行かないのですが、現在の政治家の多くが二世議員と官僚出身者に占められている事実は、正しく現在の政治の状態なのではないでしょうか。つまり、家系とか試験の成績というのは、依存的体質が大変に強いのですね。アメリカに依存していれば何とかなるという政治とぴったり符合するのです。

根本的には選挙制度の問題になるのですが、「改革、改革」とおざなりのごまかしで済ませるようなことでは、官僚政治だと揶揄されるだけでしょう。・・・・・そう、アメリカの基地のことでしたが・・・・この問題にしても、アメリカの政策に協力力することはやぶさかではないとしても、アメリカと共同することはどうでしょうか。自立国家であるということは最も難しいことなのですが、日本の将来は自立国家的理想でしかないでしょう。