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私も民主主義が絶対的だとは思いません。テレビの画面を眺めていても、よくもまあ人間というのは強欲なものだと感心するくらいですから、どこかの党首のように人気を追いかければ、それこそ何でもやっているけれど何にもできない、格好だけをつける官僚的な政治になってしまうのは、当然の成り行きなのです。(根本的に改良でしかありえませんから、改革ができないということですね。) 多くの人々というのは、自らを守ること(現実的であるということ)に、それがつまり生きることだという認識が非常に強いですから、現実に拘泥してしまうのですね。ここからは、なかなか改革の路線は生じないでしょう。ほんとに強いのは少数派であることは間違いないのです。
だから、民主主義が間違っているということではありません。「人民による人民のための人民の政治」という言葉は精緻な考察という学問的な視点を無視すれば、正しい言葉だと思いますね。ただし、それがリンカーンという偉大な人によって演説されたということも重要なことなのです。つまり彼は民衆を上手に説得しているということなのです。残念ながら彼は非常に強欲な人によって殺されてしまったのですが(いつの時代でも、強欲な人はいます)、彼の言葉は永遠に生き続けるでしょう。 彼(リンカーン)の事を正確に調べる余裕はないのですが、彼が人々に対する強い思いと、彼は弁護士だったようですから、相当な教養もあったと想像できるのですね。さまざまな経験も経て、政治家になったと思うのですが、このような人を大統領に押した政党(何党でしたか?)の存在も重要なことだということなのです。 日本の政党は、なにやら分けのわからない選挙共闘とか、わけのわからない資金集めとか、経験則を無視した候補者選びをしているように思えてならないのです。政党の重要性を軽視して、なんでも当選すればよい、なんでも政権をとればよい、何でもその時がよければよいというような、民主政治ではなく衆愚政治に陥っているのではないでしょうかね。 政治家たるもの、教養も情熱も経験もいるというのは当然のことでしょう。孔子と老子の違いもわからず、プラトンとアリストテレスの違いもわからず、日本書紀も読んだこともないというような人が政治家とはなりえないし、家の職業を継ぐ感覚で政治家になってほしくないですし、はじめから国会議員に立候補というのもおかしくはありませんかね。 これらはすべて、政党の問題なのですが、日本の政党には自らの地歩を固めるという構想が貧弱で、守る攻めるという表層的な戦いに終始しているように思えてならないのです。だからこそ、保守勢力が常に優位となってしまうのでしょうね。 私は、政党の重要性を認識しなおして、そこから大胆な改革路線が生じると思っているのです。何度も言いますが、政党の重要性を再認識すべきでしょうね。 |