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おめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
正月からなんですが、戦後日本の教育主義には、ほとほと困っておりますね。 端的に 言えば、学歴資格型社会ということなのです。学歴資格というようなものは、大変に 個人的な要素の強いものですし、薄っぺらなものでしかないということなのです。 卑近な例をあげて申し訳ないのですが、つい最近、私は原付免許を取る必要性ができ ましたので、あんなものは誰にでもくれるものだと聞いていましたので、ひょこひょ こと勉強もせずに試験場に出かけたのです。 ところが、90点をとらなければならない と聞いて腰を抜かしそうになりました。見事に滑ったのですが、90点といえば、ほと んど百点を狙わなければならないということですから、容易な事ではないのですね。 そこで、勉強しなおして二度目には免許が取れたのですが、ここなのです。 私は試験 とはどういうものであるかは高校受験のときによく分かっていましたから、とにか く、何時間でも勉強する事だ。分かっていようが覚えていようがいまいが、とにかく 繰り返す事が、試験に通る事なのですよね。誰にでもできることなのです。 それはそれでよいのですが、どうしてこのようなことができるのかというと、試験そ のものが薄っぺらな事しか試せないからなのですね。広く薄くというのが、試験選抜 の特徴なのですから、とにかく、繰り返し勉強して覚えてしまう事なのです。そうす れば、人間の頭なんて馬鹿ですから、認識のないままでも答えが出てくるのですね。 ところが、仕事とか学問、研究になると、何故なのかということも分かっていなけれ ばなりませんし、深く広くとか、常に学ぶ謙虚さが必要となってくるのですね。 詳しく書くだけの余裕はここではないのですが、単純に(自立的ではないということ) 資格や学歴を得た人々には、表面的な判断しかできなくなってしまうようですね。極 端に言えば、自立心がないということですし、弱いものには強く、強いものには弱 く、大変に利己的になってしまうということなのです。 戦後において、日本は驚異的(でもないか・・・・)な経済発展をしましたが、少しや りすぎている面はあったとしても、戦前の人々が強い社会意識をもっていましたか ら、仕事熱心で、学ぶ事にも謙虚であったということなのでしょう。 はたして、高学歴の人々はどうでしょう。小泉首相は「政治家は愛嬌がいる」と か言って見えましたが、確か、「男は度胸、女は愛嬌」という俗語でも示されている ように、女の人は表面的なことによくこだわるのですよ。これは極端な例ですが、政 府の大借金はどうするのでしょうかね(安全性の問題) 。アメリカに媚びる政治で どうなるのでしょう かね(自立性の問題)。 また、俗謡(どこかの寮歌でしたか)にも「友を選ばば、書を読みて、六分の魂(侠気 ?)四分の熱・・・・」というのが ありますように、実際の才能とはそういうものでもあるのでしょう。これは、学歴資 格社会の、教育的主導の事ではないでしょう。 ま、正月からなんですが、正月だからこそ、日本を憂ふ夢を見させてください。 今年もよろしくお願いいたします。 |