![]() |
||
ま
ず、靖国神社というのは、明治維新の後に維新に功績のあった人を祀るという事から発して、戦死者を祀るという神社になっているということなのです。
明治維新は天皇を奉って、徳川幕府の武家政治を滅ぼしたのですし、維新後は天皇が中心になるのは当然なのですね。 そもそも、戦死者を祀るという発想が戦争を誇張した軍国主義の考えがあるのです。生きて帰った人でも、功績がないはずがないのですから、祀るということなら功績に対しての判断でなければならないはずですね。 一般のに人ではなかなか難しい事なのです。 しかし、戦死者というのは殉職者・つまりお国のために死んでいった事は事実なのですから、戦死者の墓というのはどこの国にでもあるのです。 彼らを慰め敬意を払うためにも、それなりの施設を設ける事は絶対に必要ですね。 ただし、いかなる場合でも戦犯者と判断された人々に敬意を払う事はできないでしょう。 A級戦犯とかが問題となっているようですが、日露戦争に兵士として活躍したうちのお爺さんなどは簡単に「あの戦争は東条が悪い」と口癖のように言っていま したが、天皇が悪いとは一言も言わないのです。 小泉首相は「罪を憎んで人を憎まず」というような言葉を取り上げていましたが、戦死者は罪人だということなのでしょうか。孔子様の言葉の裏にはどんな人間でも更生はできるという意味合いもある はずですから、少し小泉首相の言葉は的外れではありませんか。 あの太平洋戦争には(実は明治時代の朝鮮台湾占領から問題があるのですが・・・・・)、間違いなく天皇陛下万歳という独裁政治があるのです。 これは、ハイルヒットラーとか、金正日はお父様と言わしめている体制と同じことなのですね。 ですから、戦後においても天皇退位論があったように、天皇の責任というのは歴然としているはずです。 ところが、私のお爺さんのように日本国内では天皇の責任とはほとんどの人が言わないのです。 それが二千年の歴史によって培われている天皇制なのです。 ヒットラーやどこかのどら息子とはわけが違います。 敗戦時にも日本の人々は必死になって天皇制は残そうとしたのは明確なのですね。 外国の人々にとっては不可解であったのでしょうが、とにかく象徴として天皇制を残す事にしたのですから、よほどの圧力を感じていたのでしょう。 ただし、彼らが軍隊放棄というような条項を入れたのは、天皇制を残す事に脅威を感じていたというのが本心でしょうね。 平和主義云々はあったとは聞きますが、国の自衛権を放棄させるような事はできないはずですよ。 戦争犯罪者にしても、大変にやり過ぎていたのは事実ですし、手を出したのは日本のほうですし、敗戦の事実もあるのですから、誰かが何かの形で責任をとらなければならないでしょう。また、原爆や 空襲をとやかく言う人もいますが、戦争の痛みとしては双方に残されるでしょうが、犯罪云々の問題ではありませんね。 それより、沖縄の戦いについてわれわれはもつと考えめぐらせねばならないでしょう。 日本国内であのような戦いがあったとすれば、ぞっとしますよ。 靖国神社の問題は戦争の問題でもあるのですが、安易な戦死者に対する奉賛は疑問がありますね。 |
||